代表篠田のこれまでの人生⑥(初ワークショップ~父との別れ)

みなさま、はじめまして。

東京和紙の代表理事をしております篠田と申します。

こちらの記事ではどうやって和紙に携わることになったかをご紹介したいと思います。

いま、私が代表理事を務めさせてもらい、一生懸命にやっている和紙の仕事。

この和紙の仕事に出会うまで、

和紙の仕事を一生の仕事にすることになるまで、

さまざまなできごと、多くの人との出会いを経験し、様々な人からの支援がありました。

どうして、和紙の仕事を一生懸命にやっているのか、本当にいろいろな人から尋ねられます。

私は、自分が和紙の仕事を一生の仕事として選択するまでのお話をしていきたいと思っています。

そのためには私の生い立ちや人生の話をする必要があると思っています。

今回は、私にとっても大きな出来事が起こります。

嬉しいこともあれば悲しいこともある起伏の激しい人生を送っています。


はじめてのワークショップ

募集はmixiで宣伝してみました。

募集要項

それまでにワークショップを開いたこともなければ人に教えることもしたことがありません。

当時mixiで和紙を活用してのワークショップを開いている人は少なかったです。

和紙すき体験が開催している人もいたが、都内ではなく山まで行かなくてはならないものだったので参加人数も少ないものでした。

ワークショップとはいえ、参加者に飽きさせないように、和紙に関心を持ってもらえる様に内容も吟味しました。

*ただ、作るのではなく簡単であっても和紙に関してのマメ知識をつたえることにする

*和紙もさまざまな種類を用意し、自分で選んで作れる様にする

*どんな人でも作れる様に型紙を用意したり、サイズを測らなくても作れる様にする

*作り終わった後は、お茶タイムを用意し完成した作品を見ながら寛げる様にする。

これらは、自分が他のワークショップに参加した経験などから得たものです。

またアートフリマなどのイベントを企画して開催してきたのでそこでのスキルも生かせると感じました。

文章や写真にもアドバイスを頂き、ドキドキしながら当日を迎えたのです。

忘れもしない、2013年の2月。雪がふる日でした。

私自身、数日前から風邪をひいて咳が出てしまっていました。

平日の夜開催だったのですが、このまま雪がやまなければキャンセルが発生してしまう状態でした。

私自身も幸い咳が止まりつつありましたが、ウィルスをまき散らすわけにはいかないのでマスクをしてのぞみました。

なんと、8名もの方々があつまってくださいました。

雪がまだまだちらつく状態でもキャンセルもなく来ていただけたのはとっても嬉しかったです。

参加者の中心は30~40代くらいの女性がメインでしたが、30代や70代の男性もいらっしゃいました。

ほとんどの人が和紙についてしらない人たちばかりでした。

もちろん、ペーパーバックを作ったこともないです。

いよいよスタート。とにかく緊張しました。

ワークショップ風景①

ただ、せっかく来てくれた方々が楽しんで、ペーパーバックを作ってよかったね、和紙って面白いね、って思ってもらうために必死でした。

あっという間の2時間。

なんと雪もやんで積もっていない状態だったのでホッと安堵。

参加者の皆様は、

「こんなに和紙にも種類があるなんて知らなかった」

「自分だけでなく人にも作ってあげたくなる」

「自分が思っていた和紙の知識とちがっていた」

「思い描いた通りで出来上がって満足」

といった感じで、みんなニコニコしながら完成させていきました。

まさに自分にしかできない和紙のワークショップを生み出すきっかけとなりました。

ワークショップ風景②

その後も、名刺入れ、和紙の花(バラ、カーネーション)、ランプ、巾着など月に1回位ペースで開催し毎回10名前後の方々が集まってくださいました。

リピーターとなってきてくれる人もいれば、お友達を連れて参加してくれる人もいました。

やっている自分自身も開催することが楽しくなってきました。

甘くない現実と最愛の父との別れ

そんなワークショップも厳しい現実に直面していきました。

楽しいだけでは売上は上がっていかない状態になっていったのです。

次へどう進めるか壁になっていきました。

あっという間に6カ月はすぎインターネットビジネススクールでの受講する期間は過ぎてしまいました。

当然、100万という売上は出せませんでした。

ダイエットと同じ状態で、最初はワークショップにお客がきて喜んだが、だんだん人数も減っていて停滞していったのです。

参加する人達は、その場で作るのが好きであつまっているだけに過ぎませんでした。

本格的に和紙でなにかをしたいという人は残念ながら集まりませんでした。

ワークショップでの進み方は暗礁にのりあげた時でした。

そんな中、父が亡くなりました。

2013年の4月でした。

偶然にも祖父も祖母も伯父も大体4月に亡くなっています。

自宅で父の最期を看取ることができました。

父は、大学の教授職についていて長年薬学の研究をしていました。

亡くなる1年前には勲章を頂きました。

認知症の進行は進んでいましたが、叙勲を頂いた際は燕尾服に着替えさせて写真を撮る際は本人もまんざらではない表情を浮かべていたのをよく覚えています。

その写真は私が撮り遺影にもなりました。

叙勲を頂いた父

商売継ぎます宣言をしてから一度だけ父から手紙をもらったことがありました。

「先祖の商売を復活すると言ってくれたのはうれしいが、それよりも結婚してほしい」という内容でした。

これは明らかに父の言葉ではない。

母の言葉でしかありませんでした。

母はとにかく結婚、結婚とうるさかったのです。

一度も私に対して父はそういった言葉は言ってこなかったし、私のやることにいつも静かに応援してくれていた父でした。

思い返すと、美術の短大を受験する際に母と一度喧嘩したことがありました。

母の意見ではなく自分の意見で受験を決めたことやどんどん一人で進んでいくことに対してのやっかみもあったのかもしれません。

ぐちぐち言い始めてきたことがあったのです。

私が頭にきて父に泣きついたことがありました。

その際に父は母に対して「子供のやろうとすることに文句や口出しするな」と怒ってくれたことがあったのです。

応援してくれているのがとっても嬉しかった出来事でした。

そんな父が私を否定する言葉は決して言いません。

父自身、日々研究に没頭し、まい進していったのです。

母には逆らえないおとなしい性格の人だったが、子供が質問したことに対して熱心に話してくれました。

まさに先生、教師としての鏡であり、教え子や助教授などたくさんの人に師事されてました。

叙勲を頂く際も事務員をしてくださった方が熱心に父の経歴などをまとめて提出してくれたそうです。

おそらく、嬉しそうが何気なくかは分かりませんが父は母に私が継ぎます宣言をしたことを話したんだと思います。

それが気に入らずに母は父に結婚せよという手紙を書く様にせまったんだと思います。

もちろん、父も子供の結婚は望む気持ちはあったと思いますが、やりたい事をしてくれることの方を望んでいたと今でも思います。

私は返事を書かずこの手紙は廃棄しました。

今でも父の本心は違うと思いたいし、応援してくれていると信じたいです。

また、もっともっと元気の時に篠田家のこと、ご先祖さまのこと、昔の飯田のことを聞いてメモしておくべきだったと後悔してなりません。

そして、約7年もの介護生活が終わったのであります。

若かりし頃の父と私

介護からの解放

ようやく自由にできる時間ができたが、和紙でどうすればよいかが答えが出ませんでした。

和紙を広めるにあたってさらに視野を広げようと考え、コミュニティーデザインの講座に参加しました。

コミュニティーデザインとは、「人と人とのつながりを深めるデザイン」というものです。

コミュニティデザインに関する書籍

一般に地方などの町おこしや活性化は、どうしても建物などのハード面ばかりに視点がいってしまい莫大な費用が掛かってしまい、期待以上の効果も上がらないという問題を抱えています。

この問題を人との深いつながりを築く(デザインする)ことでより高い効果を生み出すというものがコミュニティデザインというものです。

私はコミュニティデザインを地域活性化だけでなく、伝統工芸など古くからの産業の衰退を食い止め、さらには活性化できるのではないかと考えたところでした。

数回の講座ではなかなか実になる実績や成果を考えることは厳しかったですが、街や周りの人と一緒に和紙も一つのアイテムとして町おこしの一環ができる可能性を感じました。

この講座でご縁を頂いた方が石巻に復興ボランティアとして働くことになり、その方と共にうまれてはじめて石巻に足を運びました。

被災してようやく1年過ぎた頃だったので、まだまだあちらこちらでは震災の傷跡が残っている状態でした。

石巻のみなさんはモノづくりへの取り組みが多いということに行ってみて気づきました。

被災した大漁旗を使ってバックを作ったり、ミシンが得意なママさんたちがあつまって小物を作ったり、震災で増えてしまった野生鹿の角をアクセサリーにしたり。

残されているもの、いまその場で入手できるものから自分たちで何かを生み出そうという気持ちを実感してきました。

石巻で頑張っていらっしゃるかめ七呉服店さま

何か私も協力できることがあるかもしれないと考えるきっかけを頂きました。

(その⑦独立への道~東京和紙設立へに続く)

(その⑤厳しい現実~独立への準備はこちら)